十一
「これは
崋山は、
「もちろん気に入ったと言っても、今まで描いたもののうちではというくらいなところですが――とても思う通りには、いつになっても、描けはしません。」
「それはありがたい。いつも頂戴ばかりしていて恐縮ですが。」
馬琴は、絵を眺めながら、つぶやくように礼を言った。未完成のままになっている彼の仕事のことが、この時彼の心の底に、なぜかふとひらめいたからである。が、崋山は崋山で、やはり彼の絵のことを考えつづけているらしい。
「古人の絵を見るたびに、私はいつもどうしてこう
「古人は
馬琴は崋山が自分の絵のことばかり考えているのを、
「それは後生も恐ろしい。だから私どもはただ、古人と後生との間にはさまって、身動きもならずに、押され押され進むのです。もっともこれは私どもばかりではありますまい。古人もそうだったし、後生もそうでしょう。」
「いかにも進まなければ、すぐに押し倒される。するとまず一足でも進む工夫が、
「さよう、それが何よりも肝腎です。」
主人と客とは、彼ら自身の
「八犬伝は相変らず、
やがて、崋山が話題を別な方面に開いた。
「いや、一向はかどらんでしかたがありません。これも古人には及ばないようです。」
「御老人がそんなことを言っては、困りますな。」
「困るのなら、私の方が誰よりも困っています。しかしどうしても、これで行けるところまで行くよりほかはない。そう思って、私はこのごろ八犬伝と
こう言って、馬琴は自ら恥ずるもののように、苦笑した。
「たかが
「それは私の絵でも同じことです。どうせやり出したからには、私も行けるところまでは行き切りたいと思っています。」
「お互いに討死ですかな。」
二人は声を立てて、笑った。が、その笑い声の中には、二人だけにしかわからないある寂しさが流れている。と同時にまた、主人と客とは、ひとしくこの寂しさから、一種の力強い興奮を感じた。
「しかし絵の方は
今度は馬琴が、話頭を一転した。